【解説:日鉄のUSS買収】そのリスクと経営判断

 

 

―目次―

 買収によるリスク

・トランプ政権による「気まぐれな経済介入」リスク

・米議会・労働組合・州政府からの強い反発

・USSの経営構造そのものが重荷に

・地政学的リスクの拡大

・結論:日鉄にとって「ハイリスク・ローリターン」の懸念は否定できない

 

 リスクに対する経営判断

・経営トップはリスクを十分把握していたのか?

・ にもかかわらず買収を決断した背景

・まとめ:リスクを承知で「やらねばならぬ」と賭けに出たが

 

 

 買収によるリスク

 

 日本製鉄(日鉄)による米U.S.スチール(USS)の買収は、「グローバルな競争力強化」や「高級鋼板市場でのシナジー」などを表向きの目的としていますが、実際にはきわめてリスクの高い投資であり、特に2025年現在の米国政治・経済環境のもとでは危険性がさらに高まっています。

 

 一方で、日鉄側は「米国市場での成長機会」や「技術移転による再生可能性」に強い自信を示しており、買収は「米国製造業の復活に貢献する」との立場です。

 

 

1トランプ政権による「気まぐれな経済介入」リスク

 

 トランプ大統領はかねてから「米国第一」主義のもと、企業に対して強引な経営介入を繰り返してきました。

  • GMに対して「米国内で車を作れ」と圧力
  • Appleに対し「中国ではなく米国でiPhoneを生産せよ」と発言
  • 外国企業による米国企業の買収に対して、国家安全保障を理由に拒否の意向を示す事例も多い

 今回のUSS買収についても、トランプ氏は「国家の象徴たる米国鉄鋼を外国企業に売るなどもってのほか」と強く反発しており、買収成立後も日鉄の米国内経営に対して政治的介入が行われる可能性は極めて高いと見られています。

 

2】米議会・労働組合・州政府からの強い反発

 

 USSが本社を構えるペンシルベニア州やミシガン州では、労働組合や一部議員、地元経済界からの反対が根強く、20256月時点でも抗議活動が継続中です。

  • 米国鉄鋼労組(USW)は「外国企業による買収は雇用を脅かす」として正式に反対表明
  • ペンシルベニア選出の連邦上院議員もCFIUS(対米外国投資委員会)による審査強化を求めている
  • 州政府も「地元雇用の維持」を条件に買収差し止めの法的措置を検討 

 トランプ政権下では、こうした労組支持層へのアピールが政策に反映されやすく、買収そのものの破談、もしくは厳しい条件付き承認のリスクが濃厚です。

 

3USSの経営構造そのものが重荷に

 

 USSは確かに米国における鉄鋼大手である一方で、以下のような構造的課題を抱えています。

  • 老朽化した設備と高コスト体質
  • 経営の硬直性(労組との契約・解雇規制など)
  • 収益性の低迷(近年は利益変動が激しく、配当も不安定)

 仮に買収が成立しても、短期的な収益改善は見込みづらく、トランプ政権の介入によって合理化・リストラ策が封じられれば、むしろ巨額の負債リスクに転化する恐れもあります。

 

4】地政学的リスクの拡大

 

 台湾有事の可能性や米中対立の激化により、日系企業による米インフラ関連企業の保有が問題視される懸念も出てきました。USSは防衛・インフラ向け鋼材も扱っており、政治的にセンシティブな業種に分類される可能性があります。

 

結論:日鉄にとって「ハイリスク・ローリターン」の懸念は否定できない

 

 日鉄側の建前は「高級鋼板のグローバル競争で勝つための布石」とされていますが、現実には:

  • トランプ政権下の米国政治リスク
  • 経営介入・買収否認のリスク
  • USS自体の経営的重荷

 という三重の高リスク構造を抱えており、企業価値に対する影響を冷静に見れば、この買収は極めて危うい判断と見ざるを得ません。

 

 リスクに対する経営判断

 

経営トップはリスクを十分把握していたのか?

 

 結論から言えば、日鉄の経営トップ(橋本英二社長以下)は、これらのリスクを理解したうえで買収に踏み切ったと考えられます。橋本氏は現場出身であり、国際展開・統合案件の経験も豊富で、米国労組やCFIUSの存在を知らなかったとは到底考えられません。

 

にもかかわらず買収を決断した背景

 

1日本国内市場の限界と「背水の陣」

  • 日本の鉄鋼需要は人口減・脱炭素・建設投資の縮小により縮小傾向
  • 高級鋼分野では中国・韓国も競争力を急速に強化中
  • 日鉄は国内では成長が見込めず、北米市場を確保するしか生き残る道がないとの危機感を抱いていた

→ USSは米自動車メーカー向け高級鋼板の販路と設備を持ち、日鉄にとって貴重な拠点だった

 

2】防衛的買収の側面(競合への流出阻止)

  • USSにはアルセロール・ミッタルやクレブラなど、他の鉄鋼大手の買収関心も取り沙汰されていた
  • 他社に取られれば、北米市場におけるシェアをさらに失い、孤立する懸念

「買収しないことの方がリスク」との判断が背景にあった可能性

 

3】バイデン政権下では承認可能と読んでいた

  • 買収発表(2023年末)時点では、バイデン政権から明確な拒否はなく、労組との交渉次第とみられていた
  • CFIUSも「反対の意向なし」と解釈されていた節がある

しかし、202411月のトランプ再選により予期せぬ政治的逆風が生じた

経営判断としての問題点
  • トップは確かにリスクを把握していたが、米国政治の変化(トランプ復活)や保護主義の再燃を過小評価した可能性
  • 「買収後に既成事実化できる」と見積もっていたなら、リスクシナリオに対する備えが甘かった
  • 結果として、政治・労組・米世論の三重包囲網に陥ってしまった形
まとめ:リスクを承知で「やらねばならぬ」と賭けに出たが

 

  • 日鉄経営陣は無知ではない。むしろ状況を冷静に分析したうえでの買収と見られる。
  • しかし、政治・経済の**想定外の変化(トランプの復権)**により、計画が根底から揺らいでいる。
  • 経営者としての責任は重く、結果次第では判断ミスとの批判は免れない。

 一方で、日鉄側は「米国市場での成長機会」や「技術移転による再生可能性」に強い自信を示しており、買収は「米国製造業の復活に貢献する」との立場です。

 

 

--------------------- 

ホームへ戻る

---------------------