【解説:トランプ関税】多国間交渉の現状と世界経済への影響

 

要約:

 2025年5月時点でのトランプ政権による関税政策、特に「相互関税」政策が国際的な貿易関係と世界経済に与える影響について分析したものです。

  • 多国間交渉の現状:
    • トランプ政権の高関税政策は、中国、EU、カナダ、メキシコ、韓国など主要国との間で深刻な貿易摩擦を引き起こしています。各国は報復関税を発動または準備しており、国際的な貿易戦争の様相を呈しています。
    • ホワイトハウスは多数の国々と個別交渉を進めていると主張していますが、交渉の進捗や具体的な要求は不明瞭であり、政権内の調整不足や情報漏洩も指摘されています。
    • 各国は米国への不信感を強めており、国際的な信頼関係が損なわれています。
  • 世界経済への影響:
    • トランプ政権の関税政策は、世界経済を後退局面に導きつつあり、大恐慌に近い事態を招く懸念があります。  
    • 政権の背景には、トランプ大統領の経済観、政権内のブレーンや側近の問題、一時的な好景気による誤認、国内向け政治判断の優先などがあります。
    • 政権は経済原理よりも政治的な都合を優先し、現実から目を背ける傾向があります。

結論:

 トランプ政権の関税政策は、国際的な貿易関係を混乱させ、世界経済に深刻な影響を与える可能性があります。政権内の調整不足や情報管理の問題、そして政治的な思惑が、事態をさらに悪化させていると考えられます。

 

 

詳細:

ー目次ー

Ⅰ多国間交渉の現状(20255月時点)

■主要国との交渉進捗と対立点

■同時併行交渉国の実態

■政権内の調整体制と課題

■政権内混乱・情報漏洩の報道状況

■各国の反応と信頼感

Ⅱトランプ関税の世界経済への影響

1. トランプ大統領本人の経済観

2. 政権内のブレーンや側近の問題

3. 「好景気」の名残による誤認

4. 国内向け政治判断の優先

 

 

■主要国との交渉進捗と対立点

  • 中国:米政権は中国向け輸入品に最大145%もの高率関税を課しており、公式な交渉はまだ始まっていない 。中国商務部は「直ちに関税を撤回せよ」と強く批判し、報復措置を約束している 。習近平政権側は「関税戦争に勝者はいない」と述べ、米側に対決姿勢を崩していない 。
  • 欧州連合(EU):米国はEU産鉄鋼・自動車に25%の関税、その他ほぼ全品目に20%の「報復関税」を課すと通告し、発効まで90日間の交渉猶予期間を設けた 。これに対しEUは総額約280億ドルの対象品目(食品・農産物、飲料類、自動車部品など)に報復関税を準備中であり、例として米国産ウイスキー等に50%の関税措置案を検討している 。ただしメローニ伊首相訪米時には「交渉して公正な合意を得る」との見通しが示されており 、公式には協議への意欲も表明されている。なお、欧米外交筋によれば、EUは「ゼロ・フォー・ゼロ」型の協議(互いの関税を撤廃する協定)にも前向きであるとの発言もある 。
  • 日本:ホワイトハウス側は日米間の通商協議を進める方針で、USTR(通商代表部)Greer代表は日本側代表と会談予定であることを明らかにした 。一方、日本政府は一律関税課税に対し懸念を表明しており、石破首相は「日本は米国最大の投資国なのに一律関税は理解し難い」と批判、武藤経産相も「非常に遺憾で再考を促している」と政府見解を示している 。
  • カナダ:4月から発効した新関税(対カナダ輸入品25%)に対し、トルドー首相は「非常に馬鹿げた行為」と非難した 。カナダ政府は直ちに300億カナダドル相当の米国製品に25%報復関税を発動し、さらに21日以内に関税対象を1250億ドル規模に拡大する構えを表明している 。米商務長官は協議による「一部修正・緩和」の可能性に言及しており 、米加両国は交渉で折衝中である。なお、米通商代表部ではUSMCA(北米協定)遵守企業への特例措置も検討されている。
  • メキシコ:カナダ同様、新関税にメキシコも激しく反発し、シェインバウム大統領が「報復する」と発言した 。米政権は返答期限を設けており、メキシコは「日曜に対応策を発表する」としている。両国は緊急電話会談を継続し、Lutnick商務長官も「当面関税は残るが、一部協議で緩和する可能性もある」と述べており 、協議による解決が模索されている。
  • 韓国:米国は韓国への自動車・部品輸出に25%の追加関税を科しており、韓国側は「貿易戦争の非常に危機的な状況」と受け止め、韓当局は緊急経済安保会議を招集して「総力対応」を指示した 。米通商代表部は韓国政府とも緊密に連携して協議を進めており 、双方が協調した交渉を進める構えである。

■同時並行交渉国の実態

 

 ホワイトハウスは、少なくとも50か国以上が高関税撤回のために協議を申し入れてきたと説明している 。一方で複数報道によれば、米政権は約60100か国規模とほぼ全世界を対象に個別交渉を計画している模様である 。

 具体的には、USTRなど政府筋は「数十の国・地域が提案を提出している」「(合意すれば)数週間以内に取引成立できる」などと述べており 、初期にはインド、英国、サウジ、フィリピン、スリナムなどと交渉中あるいは合意間近であることが報じられている 。

 実際、Vance副大統領がインド訪問時には交渉枠組み(Terms of Reference)を「最終合意」したと発表され、今後インドとも新協定協議に乗り出す流れとなっている 。

 

■政権内の調整体制と課題

 

 新政権では通商問題の調整に複数機関が関与している。国家経済会議(NECHassett議長)や財務省(Bessent長官)、通商代表部(Greer代表)、商務省(Lutnick長官)などがそれぞれ窓口となっており 、さらに大統領直属の国防・国家安全保障担当者も影響力を持つ。

 これら担当者の間で、関税水準や交渉姿勢をめぐる意見対立がしばしば表面化している。例えば財務長官Bessentは「当初から大統領に駆け引きの余地を持たせる戦略だった」と柔軟姿勢を強調する一方で、強硬派のNavarro元通商顧問は高関税支持に傾いており、関税発表直前まで主張に隔たりがあったとされる 。

 実際、ヘッジファンド出身のBessent氏は昨年末から審慎論を唱え、大統領の突然の関税計画変更にも正面に立って説明するようになっている 。こうした中で、ロビー団体や企業は「窓口が分からない」「説明が不十分で、経営戦略が立てられない」と困惑し、HassettNEC長官やBessent長官宛に担当者を探していると伝えられている 。

 外国政府関係者からも、提出した交渉案に対する米側の具体的な要求内容が不明瞭なまま議論が進められているとの声が上がっており、政権内で十分な調整プロセスが確立していないという指摘がある 。

 

■政権内混乱・情報漏洩の報道状況

 

 最近の報道では、政権内部の混乱や情報管理への懸念が相次いでいる。ビジネス界では、今回の「包括関税」発表に際し関係者との連絡が極めて難航し、商工界リーダーが事前説明を受けられなかったと伝えられている 。

 ホワイトハウス内でも、以前にRob Porter首席補佐官が構築した週次の調整会議体制が機能せず、各省庁が個別に動いているため「貿易政策を統括する者がおらず、プロセスがない」との内部告発も出ている 。

 このような状況は報道にも表れており、財務長官と商務長官、通商代表部が米国株下落への対応策をそれぞれ公に語るなど情報発信が統一されていないほか、国防長官ペイトン・ヘグセスの機密漏洩疑惑なども連日報じられ、政権への不安が増大している 。

 

■各国の反応と信頼感

 

 主要国・地域からの反発は非常に強く、米国への不信感が高まっている。カナダ・メキシコは即時の報復関税で対抗し、トルドー首相は「自国民を傷つける行為」と断じた 。中国は強い措置で応酬し、国務院は米国に対し「関税撤回」を求めつつ新たな追加関税・輸出規制を発動した 。

 EU各国も足並みを揃え対抗措置を検討しており、EU執行委員会は米輸入品に対し報復関税案を提示、交渉による解決を呼びかけている 。

 韓国は大統領名で「貿易危機に全力対応する」と表明し、緊急対策チームを立ち上げた 。日本も政府筋が「非常に遺憾」と述べるなど批判的で、菅官房長官は日米関係への影響を懸念している。

 こうした各国の反発を受け、世界的に米国の通商政策への信頼度は低下しており、多くの同盟国が米国を「外交交渉の信頼できる相手」とは見なせなくなっているとの分析も出ている 。

 

参考資料:米メディア報道および政府発表(Politico, Reuters, Bloomberg等) 。

 

Ⅱトランプ関税の世界経済への影響

 

 20255月現在、トランプ政権が推し進めている「相互関税」政策により、米国と世界の経済が後退局面に入りつつあり、放置すれば大恐慌に近い事態へと進行する懸念は現実味を帯びています。

 この状況にもかかわらず、政権が危機感を持っていないように見える背景には、いくつかの要因が考えられます。

1. トランプ大統領本人の経済観

 

 トランプ氏は経済を「取引」として捉える傾向が強く、マクロ経済や国際分業の重要性よりも、「貿易赤字=損」という直感的な見方にこだわっています。関税で相手に圧力をかけて譲歩を引き出すという「取引型アプローチ」は、短期的な政治的成果(例えば支持層へのアピール)には有効でも、経済的な長期的悪影響を無視する傾向があります。

2. 政権内のブレーンや側近の問題

 

 トランプ政権には経済学的教養を持つ人物もいますが、現在のホワイトハウスでは、トランプ氏の世界観に異を唱えると排除されやすく、忠誠心が重視される体制になっています。

 過去の政権では、例えばゲーリー・コーン(元NEC委員長)など、現実主義的な人物がいたものの、彼らは去り、今はピーター・ナヴァロや同調的なブレーンが中心です。こうした人々は、しばしば「デカップリングこそ米国の再工業化の鍵」と考えており、関税の痛みを「通過儀礼」と捉えがちです。

3. 「好景気」の名残による誤認

 

 2024年の選挙前に発表された雇用統計や株価の一時的な上昇が、政権内に「経済は健全」と思わせている可能性があります。しかしこれは、インフレ抑制と金融緩和期待が交錯した一時的な現象にすぎず、実体経済(生産、貿易、投資)の動きとは乖離しています。

4. 国内向け政治判断の優先

 

 2025年はトランプ再選の「実現」により、共和党内での求心力が高まっています。したがって、今は「選挙戦略の正しさ」を誇示することが最優先であり、経済指標の悪化を「自分の過ち」と認める政治的インセンティブが乏しいのです。むしろ、「FRBや中国のせい」と他責に転嫁する傾向が強まっています。

 総じて、政権には経済原理がわかる人がいても、それが政策に反映されにくい構造になっているといえます。問題の本質は「理解の欠如」よりも、「政治的に都合の悪い現実から目を背ける傾向」にあると言えるでしょう。

 

 

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