【解説:トランプ関税】多国間交渉の現状と世界経済への影響
要約:
2025年5月時点でのトランプ政権による関税政策、特に「相互関税」政策が国際的な貿易関係と世界経済に与える影響について分析したものです。
結論:
トランプ政権の関税政策は、国際的な貿易関係を混乱させ、世界経済に深刻な影響を与える可能性があります。政権内の調整不足や情報管理の問題、そして政治的な思惑が、事態をさらに悪化させていると考えられます。
詳細:
Ⅰ多国間交渉の現状(2025年5月時点)
2. 政権内のブレーンや側近の問題
3. 「好景気」の名残による誤認
4. 国内向け政治判断の優先
ホワイトハウスは、少なくとも50か国以上が高関税撤回のために協議を申し入れてきたと説明している 。一方で複数報道によれば、米政権は約60~100か国規模とほぼ全世界を対象に個別交渉を計画している模様である 。
具体的には、USTRなど政府筋は「数十の国・地域が提案を提出している」「(合意すれば)数週間以内に取引成立できる」などと述べており 、初期にはインド、英国、サウジ、フィリピン、スリナムなどと交渉中あるいは合意間近であることが報じられている 。
実際、Vance副大統領がインド訪問時には交渉枠組み(Terms of Reference)を「最終合意」したと発表され、今後インドとも新協定協議に乗り出す流れとなっている 。
新政権では通商問題の調整に複数機関が関与している。国家経済会議(NEC、Hassett議長)や財務省(Bessent長官)、通商代表部(Greer代表)、商務省(Lutnick長官)などがそれぞれ窓口となっており 、さらに大統領直属の国防・国家安全保障担当者も影響力を持つ。
これら担当者の間で、関税水準や交渉姿勢をめぐる意見対立がしばしば表面化している。例えば財務長官Bessentは「当初から大統領に駆け引きの余地を持たせる戦略だった」と柔軟姿勢を強調する一方で、強硬派のNavarro元通商顧問は高関税支持に傾いており、関税発表直前まで主張に隔たりがあったとされる 。
実際、ヘッジファンド出身のBessent氏は昨年末から審慎論を唱え、大統領の突然の関税計画変更にも正面に立って説明するようになっている 。こうした中で、ロビー団体や企業は「窓口が分からない」「説明が不十分で、経営戦略が立てられない」と困惑し、HassettNEC長官やBessent長官宛に担当者を探していると伝えられている 。
外国政府関係者からも、提出した交渉案に対する米側の具体的な要求内容が不明瞭なまま議論が進められているとの声が上がっており、政権内で十分な調整プロセスが確立していないという指摘がある 。
最近の報道では、政権内部の混乱や情報管理への懸念が相次いでいる。ビジネス界では、今回の「包括関税」発表に際し関係者との連絡が極めて難航し、商工界リーダーが事前説明を受けられなかったと伝えられている 。
ホワイトハウス内でも、以前にRob Porter首席補佐官が構築した週次の調整会議体制が機能せず、各省庁が個別に動いているため「貿易政策を統括する者がおらず、プロセスがない」との内部告発も出ている 。
このような状況は報道にも表れており、財務長官と商務長官、通商代表部が米国株下落への対応策をそれぞれ公に語るなど情報発信が統一されていないほか、国防長官ペイトン・ヘグセスの機密漏洩疑惑なども連日報じられ、政権への不安が増大している 。
主要国・地域からの反発は非常に強く、米国への不信感が高まっている。カナダ・メキシコは即時の報復関税で対抗し、トルドー首相は「自国民を傷つける行為」と断じた 。中国は強い措置で応酬し、国務院は米国に対し「関税撤回」を求めつつ新たな追加関税・輸出規制を発動した 。
EU各国も足並みを揃え対抗措置を検討しており、EU執行委員会は米輸入品に対し報復関税案を提示、交渉による解決を呼びかけている 。
韓国は大統領名で「貿易危機に全力対応する」と表明し、緊急対策チームを立ち上げた 。日本も政府筋が「非常に遺憾」と述べるなど批判的で、菅官房長官は日米関係への影響を懸念している。
こうした各国の反発を受け、世界的に米国の通商政策への信頼度は低下しており、多くの同盟国が米国を「外交交渉の信頼できる相手」とは見なせなくなっているとの分析も出ている 。
参考資料:米メディア報道および政府発表(Politico, Reuters, Bloomberg等) 。
Ⅱトランプ関税の世界経済への影響
2025年5月現在、トランプ政権が推し進めている「相互関税」政策により、米国と世界の経済が後退局面に入りつつあり、放置すれば大恐慌に近い事態へと進行する懸念は現実味を帯びています。
この状況にもかかわらず、政権が危機感を持っていないように見える背景には、いくつかの要因が考えられます。
トランプ氏は経済を「取引」として捉える傾向が強く、マクロ経済や国際分業の重要性よりも、「貿易赤字=損」という直感的な見方にこだわっています。関税で相手に圧力をかけて譲歩を引き出すという「取引型アプローチ」は、短期的な政治的成果(例えば支持層へのアピール)には有効でも、経済的な長期的悪影響を無視する傾向があります。
トランプ政権には経済学的教養を持つ人物もいますが、現在のホワイトハウスでは、トランプ氏の世界観に異を唱えると排除されやすく、忠誠心が重視される体制になっています。
過去の政権では、例えばゲーリー・コーン(元NEC委員長)など、現実主義的な人物がいたものの、彼らは去り、今はピーター・ナヴァロや同調的なブレーンが中心です。こうした人々は、しばしば「デカップリングこそ米国の再工業化の鍵」と考えており、関税の痛みを「通過儀礼」と捉えがちです。
2024年の選挙前に発表された雇用統計や株価の一時的な上昇が、政権内に「経済は健全」と思わせている可能性があります。しかしこれは、インフレ抑制と金融緩和期待が交錯した一時的な現象にすぎず、実体経済(生産、貿易、投資)の動きとは乖離しています。
2025年はトランプ再選の「実現」により、共和党内での求心力が高まっています。したがって、今は「選挙戦略の正しさ」を誇示することが最優先であり、経済指標の悪化を「自分の過ち」と認める政治的インセンティブが乏しいのです。むしろ、「FRBや中国のせい」と他責に転嫁する傾向が強まっています。
総じて、政権には経済原理がわかる人がいても、それが政策に反映されにくい構造になっているといえます。問題の本質は「理解の欠如」よりも、「政治的に都合の悪い現実から目を背ける傾向」にあると言えるでしょう。
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